因果についての考察

因果律、因果応報とは?

来し方行く末

たくみ 5月-5-2009

前回、「三世因果」というお釈迦様の教えの根幹を簡単にご紹介しました。
この三世とは、過去世、現在世、未来世のことだとお伝えしましたが、そうした言葉によくにた言葉に「来し方行く末(こしかたゆくすえ)」というのがあります。

この言葉の「行く末」というのは、日常会話にも多く使われています。
例えば、「この子の行く末が心配・・・」とか、「行く末を悲観して・・・」などと、将来のことを指す言葉として使われます。人間が生きてきて、現在から、過去(来し方)と未来(行く末)を考えるときなどに使用されてきました。

つまり行く末を考えるときには、現在のことも過去のことも合わせて考える、影響していると考える言葉だと思います。このことは「三世因果」という教えにもつながるのではないでしょうか。

「自分探し」というと、今ではない未来の自分を探すようなイメージがありますが、「三世因果」の教えにもあるように、過去を知りたければ現在を見よ、未来を知りたければ同じく現在を見よ、現在とは悠久の過去と永遠の未来とを包含しているものだということを思い出して欲しいと思います。

将来のことばかりを考えて、今が疎かになる、過去に囚われて今がなくなってしまう・・・そんな現代人が増えているのかもしれません。生きるとは、「今」を生きることに他なりません。なぜ生きるのか、今を生きる私への問いでありましょう。生きる目的がわからずしては、生きがいも虚しいものとなってしまいます。「因果の道理」によって、「今」の大切さを知り、現在の自己を見つめることが大切ではないでしょうか。

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