因果についての考察

因果律、因果応報とは?

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因果応報について

たくみ 12月-10-2009

人生には良い時もあれば、悪い時もあります。
人生いろいろで、それまで順調だった人生が、地震や火災など予期せぬ災害に見舞われ、急転直下する人もあります。

なぜその災害は起きたのか?その原因を究明し、明らかにすることはできますし、再発を防ぐためにもそれは大事なことでしょう。
しかしそんな時、例えその災害の原因が明らかになったとして、もう一つスッキリしないことがあるのです。
それは、なぜ、その悲劇の主人公が〃私〃だったのか、という点です。
なぜ他の人ではなく、私だったのか?その原因は?……

問題の核心は、そこにあるのでしょう。

それは災害現場をくまなく検証して、解明できることではないはずです。
解明する方角が違うからです。

なぜ、私が?

それが分からないから、人はこの世の「理不尽」を嘆き、やり場のない怒りに苦しみます。
どうして自分だけがこんな目に……という思いをいつまでも引きずるのです。

では、そこに原因は「ある」のか、それとも「ない」のか。「ある」なら、どういうことなのか?
ここに仏教では、因果応報ともいわれる、厳粛な道理が説かれるのです。