因果についての考察

因果律、因果応報とは?

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因果の道理とは?

たくみ 1月-29-2009

「因果の道理」とは仏教の教えの根幹といわれ、すべての経典の根底に流れているものだと言われます。
簡単に言ってしまうと、「蒔かぬ種は生えませんが、蒔いた種は必ず生える。」というのが、因果の道理です。すべての結果には、必ず原因がある。原因なしに起きる結果は、万に一つ、億に一つもないと「因果の道理」には教えられています。

もう少し詳しく紹介すると、「因果の道理」とは、全ての結果には原因があると教えており、原因と結果の関係は、

善因善果(ぜんいんぜんか)
悪因悪果(あくいんあっか)
自因自果(じいんじか)

となります。

<善因善果とは?>
因果の道理に教えられている「善因善果」とは、善い行為が種となって、いい結果(実)を生み出すということ。
善い行為とは、布施(ふせ)、持戒(じかい)、忍辱(にんにく)、精進(しょうじん)、禅定(ぜんじょう)、智恵(ちえ)の六つとされています。

<悪因悪果とは?>
因果の道理に教えられている「悪因悪果」とは、悪い行為が種となって、悪い結果(不幸)を生み出すということ。悪い行為は、十悪・五逆罪・法謗罪と仏教では教えられています。

<自因自果とは?>
因果の道理に教えられている「自因自果」とは、我が身におこる全てのこと(結果)の原因は自分にあるということ。つまり、自分に起きる幸福、不幸は全て自分が蒔いた種(思い)が具体化しているということになります。

このように「因果の道理」とは、我々の運命は何によって決まるのかを教えられたもののことです。

因果律とは?

たくみ 1月-5-2009

「因果律」という言葉をお聞きになった方はいらっしゃるでしょうか。
普通に「因果関係がある」とか、「親の因果が子に報い」など日常会話にも出てくる「因果」という言葉。

少し詳しくご紹介すると、因果とはもともと仏教用語のことであり、「因」は原因、「果」は結果のことを指します。
一般的に使われる「因果応報」とは、「善い行いをすれば、善い報いが返り、悪い行いをすれば、悪い報いが返る」という意味で使われ、主に後者の「悪行は必ず裁かれる」という意味で使用されることが多いです。

しかし、「因果律」と言った場合には、科学的・哲学的用語として使われます。
因果律とは、いかなる事象も時間的に過去に起こった事を原因として起こるのであって、少なくとも未来の事象を原因としてそれよりも過去の何らかの事象が起こる、という事はないという立場をとる考えを言います。

ある事象が「原因」となってある事象が「結果」となって引き起こされると通常は考えられていますが、もともとの仏教の教えでは、そこに「縁(えん)」というものが絡むと教えています。

お釈迦様は「すべてのものは因と縁が結びついて生じる」と教えられました。花は種をまかなければ芽はでません。花が「結果」で、芽が「原因」ですが、芽が育つ為には水や空気が必要になりますが、この水や空気が「縁」にあたります。